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東京地方裁判所 平成元年(ワ)11275号 判決

原告

株式会社ニコン

右代表者代表取締役

荘孝次

右訴訟代理人弁護士

田中慎介

久野盈雄

今井壮太

安部隆

橋本健

被告

明裕不動産株式会社

右代表者代表取締役

蔡明裕

右訴訟代理人弁護士

吉本英雄

住本敏己

大崎康博

被告

南西株式会社

右代表者代表取締役

除野健次

右訴訟代理人弁護士

林彰久

池袋恒明

主文

一  被告南西株式会社は、原告に対し、金三六九三万一〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年八月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告明裕不動産株式会社に対する請求及び同南西株式会社に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告明裕不動産株式会社との間においては全部原告の負担とし、原告と被告南西株式会社との間においては原告に生じた費用の二分の一を被告南西株式会社の負担とし、その余は各自の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金三九七〇万円及びこれに対する昭和六三年八月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一(賃貸借と譲渡担保)

1  原告は、昭和五九年二月一八日、被告明裕不動産株式会社(以下「被告明裕不動産」という。)から別紙物件目録記載の建物部分(以下建物全体を「本件建物」といい、賃貸借部分を「本件貸室」という。)を期間同日から昭和六三年二月一七日までとの約定で賃借し、引き渡しを受けたが(これを「本件賃貸借契約」という。)、その際、賃貸借契約が終了し本件貸室明渡し時から六か月後に返還するという約定で保証金(以下「本件保証金」という。)として四九七〇万円を被告明裕不動産に対し預託した。

2  本件賃貸借契約は昭和六三年二月一七日をもって期間満了により終了し、原告は、被告明裕不動産に対し、同日本件貸室を明け渡したので、本件保証金の返還期日は同年八月一七日と確定した。

原告が、被告明裕不動産に対し、本件貸室を明け渡したのは、当時本件建物の所有権が被告明裕不動産から被告南西に移転している事実を被告等から、告知されず、被告南西への賃貸人の地位の承継があった事実を知らなかったからである。

3  原告は、昭和六三年一一月一五日、被告明裕不動産から、保証金の一部として一〇〇〇万円の返還を受けた。(1、2、3の事実は、被告明裕不動産において争わず、弁論の全趣旨によって認められる。)

4  被告南西株式会社(以下「被告南西」という。)は、昭和六一年一月三一日、被告明裕不動産から譲渡担保により本件建物の所有権を譲り受け、所有権移転登記を受けた。

5  被告明裕不動産は、同被告と被告南西との譲渡担保契約の被担保債権の弁済期である昭和六三年二月一日に弁済しなかったため、被告南西は、被告明裕不動産に対し、同月二日到達の書面で、右被担保債権の弁済に代えて本件建物の所有権を確定的に自己に帰属させる旨及び被担保債権が目的物の価額を上回り清算すべき剰余金がなく、かえって被担保債権について残債務がある旨通知した。(4、5の事実はいずれも当事者間に争いがない。)

二(争点)

本件における主な争点は、本件賃貸借契約上の賃貸人の地位の移転時期、及び賃貸借契約の終了による保証金の返還義務が、被告明裕不動産と同南西とのいずれにあるかという点である。

三(争点に対する判断)

1  (保証金返還義務と賃貸人の地位の移転)

不動産の賃貸借契約の締結に際し、賃借人から賃貸人に交付される金銭で、賃貸借契約の終了後、滞納賃料等約定にしたがって控除すべきものを控除して残額は賃借人に返還される金銭は、一般に敷金あるいは保証金と称されるが、本件保証金もまたこれと同種のものと解されるところ、不動産の賃貸借契約の継続中に、賃貸人の地位が他に移転したときは、右の保証金返還義務もまた新賃貸人に移転するものと解するのが相当である。

2  (所有権の譲渡と賃貸人の地位)

一般に、不動産の賃貸人がその不動産の所有者で、賃借人が当該賃借権を第三者に対抗し得る場合に、賃貸人たる所有者が当該不動産の所有権を譲渡したときは、これに伴って賃貸人の地位も新所有者に移転するものと解されるが、これを譲渡担保による所有権移転の場合について考えてみると、譲渡担保の目的で不動産の所有権が移転されても、当然には譲渡人からその使用・収益権まで担保権者に移転するものと解することはできず、したがって賃貸人の地位が担保権者に移転すると解することもできない。本件においても、被告南西と同明裕不動産との間の本件譲渡担保契約上、譲渡担保設定期間中本件建物の賃料収受権、他への賃貸権や被告明裕不動産自身の使用権等が同被告に留保されていること(〈書証番号略〉の譲渡担保設定契約書第五、六、一〇条等)に照らすと、本件譲渡担保を目的とする所有権の移転登記があった昭和六一年一月三一日には、未だ被告明裕不動産から同南西への賃貸人の地位の移転があったと認めることはできない。

3  (譲渡担保権の実行)

しかし、譲渡担保の通常の形態と解されるいわゆる帰属清算型の場合、債務者が弁済期において弁済しないため、債権者が担保権を実行し、債務者に対し、被担保債権の弁済に代えて当該不動産の所有権を確定的に帰属させる旨及び清算すべき剰余金がない旨を通知し、実際その時点における当該不動産の適正評価額が債務額(借入金元本のほか、その利息、損害金、評価に要した相当費用等の額を含む。)を上回らない場合には、右通知のときに当該不動産の所有権は譲渡担保権者たる新所有者に確定的に移転し、これに伴って賃貸人の地位も新所有者に移転し、賃貸借契約上の保証金返還義務もまた新賃貸人に移転するものと解するのが相当である。

4  (本件における賃貸人の地位の移転時期と保証金の返還義務者)

本件においては前記のとおり、原告は昭和五九年二月一八日賃貸人たる被告明裕不動産から本件貸室について引渡を受け、その賃借権について第三者に対する対抗要件を備えているところ、債権者たる被告南西は昭和六三年二月二日に同明裕不動産に対し担保権の実行を通知しているのであり、このとき本件建物の適正評価額は債務額を上回らない状態であった(〈証拠略〉)のであるから、このとき被告南西は、被告明裕不動産から確定的に本件建物の所有権を取得し、本件貸室の賃貸人の地位も承継したものというべきである。

そして、本件賃貸借契約が終了したのは右の後である昭和六三年二月一七日であることも前記のとおりであるから、賃借人たる原告に対する本件保証金の返還義務は旧賃貸人たる被告明裕不動産ではなく、新賃貸人である被告南西であるというべきである。

5  (再清算)

〈証拠略〉及び弁論の全趣旨によれば、被告明裕不動産は昭和六三年一月二七日被告南西を相手方として弁済期を六か月間猶予して欲しい旨の調停(東京簡易裁判所昭和六三年(ノ)第二九号)を申し立て、同調停中に両被告は裁判所の選任した鑑定人による評価額で清算することを合意し、被告南西は、同年六月八日付の書面により、右評価額を前提として、同年五月三一日時点で清算することとし、なお債権が残るとして、同日付で本件建物を確定取得し、残債権の支払を催告する旨を改めて通告していることが明らかである。

しかし、被告南西が同明裕不動産に対し債務の弁済を猶予したとか担保権の実行通知を撤回したと認むべき証拠はないことや、右各証拠によっても被告南西の態度は本件譲渡担保によって本件建物の所有権を取得したとする態度は一貫していること等に照らすと、右調停中の合意は、被告らが右調停中に担保物たる本件建物の評価を裁判所の選任した鑑定人の評価に委ね、これによって清算し直すことを合意したものにすぎないと認められる。

したがって、右調停中の合意や、昭和六三年六月八日付書面による通告によっては、被告南西が昭和六三年二月二日の担保権実行通知を撤回したと認めることはできず、同日同被告が本件建物の所有権を確定的に取得し、本件貸室の賃貸人の地位を承継したとの前記判断を動かすことはできない。

6  (重畳的義務の存否)

原告は、賃貸不動産に譲渡担保権が設定されたときは、設定者と担保権者とが賃借人に対し重畳的に保証金の返還義務を負うべきであると主張するが、そう解すべき理由はない。

また、原告は、本件訴訟において被告明裕不動産は本件保証金返還債務を争わないから、被告南西の右債務を併存的に引受けたものと解すべきである旨主張するが、本件訴訟において被告明裕不動産が右債務を争っていないとはいえず、他に同被告が被告南西の右債務を併存的に引受けたと認むべき証拠はない。

被告明裕不動産と同南西が重畳的あるいは併存的に本件保証金返還義務を負う旨の原告の主張は採用することができない。

7  (返還すべき保証金の額)

〈証拠略〉によれば、本件賃貸借契約(第七条)において返還すべき保証金は、預託した保証金(四九七〇万円)から賃料(月額一三八万四五〇〇円)の二か月分相当額を控除した残額と約定されていることが認められ、被告明裕不動産が原告に対し一〇〇〇万円を保証金として弁済していることは前記のとおりである。

そうすると、被告南西が原告に返還すべき保証金は以上を控除した残額三六九三万一〇〇〇円となる。

(裁判官小川英明)

別紙〈省略〉

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